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映画レビュー

【ネタバレ】劣等感と信仰心の狂気が絡み合う、隠れた傑作スラッシャー映画『アリス・スウィート・アリス』レビュー

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【邦題】

アリス・スウィート・アリス

アリス・スイート・アリス(ビデオ)

【原題】

COMMUNION

ALICE SWEET ALICE

HOLY TERROR(再公開版)

【制作国】

アメリ

【劇場公開日】

1976年11月5日(米)

2020年8月21日(日)

【上映時間】

104分

107分(再公開版)

【スタッフ】

監督:アルフレッド・ソウル

脚本:アルフレッド・ソウル

         ローズマリー・リトヴォ

製作:リチャード・K・ローゼンバーグ

撮影:ジョン・フライバーグ

         チャック・ホール

編集:エドワード・サリエ

音楽:スティーブン・ローレンス

【キャスト】

ポーラ・シェパード[アリス・スペイジス]

リンダ・ミラー[キャサリン・スペイジス

ナイルズ・マクマスター[ドミニク・スペイジス]

ブルック・シールズ[カレン・スペイジス]

ジェーン・ロウリー[アニー・デロレンジ]

ゲイリー・アレン[ジム・デロレンジ]

ルドルフ・ウィルリック[トム神父]

ミルドレッド・クリントン[トレドーニ夫人]

アルフォンソ・デノーブル[アルフォンソ]


【不朽の名作スラッシャー映画に埋もれた不朽の傑作スラッシャー映画】

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「1970年代のスラッシャー映画といえば何?」と問われれば迷わず『悪魔のいけにえ』(1974)か『ハロウィン』(1978)と答えるだろう。後のホラー映画界に多大な影響を与えた金字塔的な代表作で、その遺伝子は途絶える事なく今だに続編、リメイク、リブート作品が制作されている大人気シリーズだ。しかし、『13日の金曜日』(1980)の公開を皮切りにバリエーション豊富な殺人描写、凄惨な人体破壊、殺人鬼の殺人動機や容姿の特徴などスラッシャー映画に於る表現方法も変化してゆき、スラッシャー映画は転換期を迎え、現在でもそれらを踏襲した作品が増殖し続けている。1970年代のスラッシャー映画は低予算ゆえに見せる残酷描写よりも見せない残酷性に徹していた事が多く、この技法は現代の低予算ホラー 映画やスラッシャー映画などに受け継がれている低予算に優しい伝統的な技法だ。それは『悪魔のいけにえ』や『ハロウィン』も例外ではない。では、どうして1970年代を代表するホラー映画、スラッシャー映画の二大巨頭にこの二作品はなったのか。それは試行錯誤しながら創意工夫を凝らして生まれたレザーフェイスやマイケル・マイヤーズという得体の知れない恐怖の存在感を放つ異常性のあるキャラクターと見せない残酷性+極限の恐怖演出だと思う。グロテスクな描写が皆無でも、背筋に戦慄が走るような唸りを上げる電動ノコギリや寡黙に包丁を振りかざし、どこまでも追いかけてくるスリルに観客は恐れ慄き、口コミでその恐怖が伝染してゆき、話題性でも興行収入面でも驚異的な大成功を収めた。これらの功績はトビー・フーパー監督とジョン・カンペーター監督の才能と手腕の賜物としか言いようがない。『悪魔のいけにえ』や『ハロウィン』の他にも『ドリラー・キラー』(1979)や『夕暮れにベルが鳴る』(1979)、『ハロウィン』に影響を与えたと言われている暗闇にベルが鳴る』(1974)など個人的に傑作と思える1970年代のスラッシャー映画も存在するが、今回は1970年代のスラッシャー映画の紡がれた歴史を踏まえた上で、名作スラッシャー映画に埋もれていたが、ある事をきっかけに日の目を浴びることになった隠れた傑作スラッシャー映画『アリス・スウィート・アリス』をレビューする。


ブルック・シールズ衝撃のデビュー作として話題になった再公開版】

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本作の監督はアルフレッド・ソウル。ソウル監督は低予算ポルノ映画『Deep Sleep』で映画デビュー。これがヒットするも、その猥褻な内容ゆえにFBIから上映禁止処分が下り、プリントも収益金も没収されてしまい2年間映画製作を禁じられてしまった。映画製作解禁後、カトリック教の家系だったソウル監督はアルフレッド・ヒッチコックの作品群やニコラス・ローグ監督の『赤い影』などからの影響とカトリック教での習わしから着想を得て本作を手がけることになる。当時、ソウル監督は建築家として歴史的建造物を修復する仕事に就いており、彼の手掛けたいくつかの物件が撮影場所として使用された。ロケ地となったのはソウル監督の故郷でもあるパターソン。聖体拝領を行う教会や雨が降り注ぐ静観な街並みが他のスラッシャー映画とは一線を画した殺人劇の舞台になっているのも本作の特筆すべき美点であり、作品の予測し難い物語の不穏な空気感を醸し出している。シカゴ国際映画祭のプレミア状況で上映された際は原題であるCommunion』(1976年)、映画会社アライテス・アーティスツに買収されアメリカで公開された際には各メディアで取り扱われるようになったタイトル『Alice Sweet Alice』(1977)、ルイ・マル監督の『プリティ・ベイビー』(1978)でブルック・シールズが有名になってから再上映された際には『Holy Terror』というタイトルに変更された。『Holy Terror』では映像が再編集されているが、ストーリーに大きな影響はない。初公開当時の興行収入は乏しかったものの、女優として頭角を現していたブルック・シールズの正当なデビュー作としてプロモーションを実施した結果、再公開時には大ヒットを記録し、作品はシールズのデビュー作という付加価値もあり瞬く間にカルト的な人気を博した。アイルランドでは反カトリックをテーマにした作品として、物議を醸したが、不朽の傑作スラッシャー映画として今でも語り継がれている作品になった。その後のソウル監督は本作以降の目覚ましい活躍はみられないが、現在はプロダクションデザインとして様々な映像媒体で活動している。


【黄色いレインコートが真っ赤な血に染まる、淡々と忍び寄る憎悪に満ちた連続殺人】

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小柄な背丈の人間が黄色いレインコートに身を包み、青いアイシャドウに赤い口紅を施し、不敵な笑みを浮かべたハロウィン用のマスクを付けた不安感を煽るヴィジュアルは本作のシンボルだ。


その異様な姿で容姿端麗で誰からも愛されている妹のカレンを悪戯心で脅かすアリスは母親のキャサリンの愛情に恵まれておらず、叔母のアニー・デロレンツォからは煙たがられていた存在だった。そんな扱いを受けていた思春期真っ只中の善悪の区別がつかない不安定な時期にアリスは自然と劣等感と嫉妬心を抱いてしまう。


そんな複雑なアリスの家庭環境を背景にスタイリッシュなカメラワーク、サスペンスフルな旋律を奏でる耽美な音楽、白い手袋を着用して淡々と連続殺人を繰り広げる殺人鬼のスタイルはイタリアンホラーの伝統、ジャーロ(ジャッロ)を彷彿とさせる映画方式だ。随所に見られる不気味な人形や恐怖演出はダリオ・アルジェント監督の作品群をオマージュしているようにも思えるが、ソウル監督は一切参考にはしていないようで、ダリオ・アルジェント監督の作品も観たことがないため、ソウル監督が生み出したアメリカ製ジャーロと称するべき独自性に富んだ構図と言える。


惨劇は聖体拝領を行う教会から始まる。真っ先に標的になるのはカレンだった。純白のベールを被り、火の灯った蝋燭を持ったカレンに背後から忍び寄った黄色いレインコートのを着た何者かが襲いかかる。やがて、首を絞められ意識を失ったカレンは、蝋燭で燃やされ焼死してしまう。正にブルック・シールズの"衝撃"のデビュー作だ。その後、聖体拝領に参加できなかったアリスが教会に現れ、カレンの純白のベールを被り、神父の前でしゃがみ込み、舌を出して聖体というキリストの体の実体とされるパンを父親の友人でもあるトム神父から受けようとする。しかし、カレンの死体が発見され殺人容疑はカレンのベールを被っていたアリスに向けられてしまい、ますますアリスは周りの人間から距離を置かれるようになってしまう。はたしてカレンを殺害した犯人はアリスなのか・・・。


【一癖ある個性豊かな登場人物たち】

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母親や叔母を嫌悪し、母親から溺愛されたカレンを妬み、家族に対し不信感を募らせたアリスの心は歪みきり、ゴキブリを瓶の中で飼い、不気味な人形を持ち、それらの隠し場所としてマンションの地下室を使用している。このアリスのサイコな心理を深掘りしている描写が物語を掻き乱す良いスパイスになっている。アリスを演じたポーラ・シェパードは当時19歳で思春期の少女を演じている。小柄で幼い顔はブルック・シールズとの姉妹役として見事にハマっていて、ヒステリックになったり、甘えたりと思春期の少女特有の情緒不安定さを違和感なく表現できる実力派の女優だ。


アリスと同じマンションに住んでいる巨漢の男アルフォンソは股間に茶色い大きな染みが付いた不潔な愛猫家。アリスに嫌われていて、出会う度に啀み合っている。カレンが死んだ際には「死んだ子があの子だというのが、残念だ」とかなり皮肉めいたことをアリスに言い放ったりもするが、アリスにキスを迫る描写もあるため、なかなか掴めない男でもあるが、本作切ってのユニークな登場人物だ。それと、愛猫家には辛いシーンがあるため本作を視聴する際にはご注意を。アルフォンソを演じたアルフォンソ・デノーブルは昼間は神父の身なりをして墓場をうろつき、勘違いした人間が彼に祈ってほしいと頼み込み、神父のふりをして祈るとチップがもらえるという、映画のキャラクターみたいな人物だったらしい。夜はバーの用心棒として働いていた。


アリスの母親のキャサリンはカレンが死んだショックもあり、その上アリスの言動に悩まされてノイローゼに。しかし、完全にアリスを拒絶するようなことはなく、アリスがカレン殺しに疑われたことに対し真っ向から否定していた。離婚した元旦那とよりを戻すような展開もあるが、なぜ離婚したかなど二人の仲については明確な描写はない。お互いに未練たれたれな様子だったが。キャサリン役のリンダ・ミラーに関しては本作の撮影時に自殺未遂を起こし、本作の撮影が延期したという逸話がある。父親のドミニク役のナイルズ・マクマスターはブルック・シールズとは舞台で一緒になったことがあり、気心の知れた仲だったそうな。


その他の登場人物たちも粒揃いの役者たちが演じており、特にアニー役のジェーン・ロウリーのオーバーなリアクションとアリスのことを毛嫌いする嫌味ったらしい演技は絶品だ。最初に殺されるのは彼女なんじゃないかと初見時に邪推してしまうほどだ。ミルドレッド・クリントンが演じたトレドーニ夫人はトム神父に根深い感情を抱いていて、信仰心も人一倍持ち合わせている。序盤で殺されてしまうカレン役のブルック・シールズは作中で唯一の癒し枠だ。天使のような顔立ちはこの頃から変わらない。親の言うことも聞き、愛想良く振る舞う彼女は皆んなから可愛がられ、アリスが嫉妬してしまうのも無理もないように思ってしまう。こう思った時点で犯人に踊らされているわけなんだが・・・。

このように一癖も二癖もある登場人物たちがミスリードを招く構成になっていて、中盤あたりまでは絶対に犯人を暴けられない。しかし、犯人は呆気なく自分から仮面を外してしまう。そう、この狂気が入り乱れた物語は犯人が判明した後からが本番なのだ。


と、いうように役よりも演者本人に興味を唆られてしまうのは自分だけだろうか?


【殺人描写を技巧な編集技術で高尚に表現】

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ここからはスラッシャー映画の要でもある殺人描写で印象的だったものの感想を綴っていく。


複雑な人間関係、家庭崩壊、少女が抱え込んでしまった闇など陰鬱とした人間模様が主軸になったドラマ性に厚みがあるのはスラッシャー映画としては珍しい部類なのだが、殺人描写も一味違った。


まず、アニーの足に包丁を突き刺すシーン。作中で最も編集のエドワード・サリエが拘ったシーンだ。アニーがマンションの階段から降りてきて、待ち伏せしていた殺人鬼が階段の手すりの支柱と支柱の間からアニーの脚目掛けて包丁を突き刺す度に何度もカット割りが入り、殺人鬼の後ろには鏡がありアニーの怯えた表情が映るのも相まって斬新な演出となっている。包丁が刺さり真っ赤な血が溢れ出し、そのまま階段から転げ落ち、足を引きずりながら「アリスよ!!」とアニーは叫ぶ。エドワード・サリエの技巧な編集技術が光ったワンシーンだった。アメリカ映画と謳わなければ、ジャーロ映画と勘違いしそうなほど芸術的な演出だ。


そして、アリスの父親ドミニクが殺人鬼と対峙し、廃墟の二階からドミニクが突き落とされるシーン。落とされるのはダミー人形だが、カットが入り、ドミニクが地面に叩きつけられる演出になる。その地面には鏡の破片が落ちており、その鏡に殺人鬼が廃墟の二階から顔を覗かしているのが、うっすらと映るという末恐ろしいシーンだ。この時点で鏡を使った恐怖演出が二回使われているが、全く違和感なく巧みに使いこなせている。


【アリス・スウィート・アリス 2Kレストア・スペシャル・エディション】


国内でもようやくオフィシャル化された本作のBlu-ray是空よりリリース。大手通販サイトなどで流通している低価格のDVD版は海賊盤なので注意していただきたい。この海賊盤のおかげで版権元公認のBlu-rayのリリースが何年も遅れたのだ。海賊盤業者については後日改めて記事にして投稿する。


画質はもちろん高画質で文句の付け所がない。神々しいまでに金色に彩られたジャケットのデザインは是空オリジナル。特典映像&音声も充実したラインナップだ。


初回限定版には是空お馴染みのVHS風アウターケースとナマニク氏による12Pのオリジナルブックレット。このブックレットが本作の本質をついている濃厚な12Pになっているので、ぜひ初回限定版を購入してほしい。


特典

特典映像計約90分+米公開版「Holy Terror」本編107分収録 


監督アルフレッド・ソウル&編集エドワード・サリエによる音声解説


映画史家リチャード・ハーランド・スミスによる音声解説


“First Communion":監督アルフレッド・ソウル インタビュー 


“Alice on My Mind":音楽スティーヴン・ローレンス インタビュー 


“In the Name of the Father":神父役ナイルズ・マクマスター インタビュー 


“Lost Childhood":「アリス・スウィート・アリス」映画ロケーション紹介 


Sweet Memories":監督・脚本家ダンテ・トマセリ(アルフレッド・ソウル監督のいとこ)インタビュー 


削除シーン 


「Alice, Sweet Alice」版オープニング 


米公開タイトル「Holy Terror」版予告編 


英公開タイトル「Communion」版TVスポット 


イメージ・ギャラリー [動画形式] 


米公開版「Holy Terror」本編(107分/英語ドルビーデジタルモノラル2.0ch/16:9[1080p Hi-Def] 1.85:1 アメリカン・ビスタサイズ/HD/日本語字幕:107分) 


【まとめ】

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雨が降ってる中での会話劇や精神病院でのアリスとキャサリンの会話など、どこかイギリスやフランス映画などに匹敵する牧歌的な空間があるのが、初公開時にヒットしなかった要因の一つかも知れないが、今では本作の味の一つだ。アリスという一人の少女が孤独感と劣等感に苛まれる中、不幸にも妹のカレンが殺され、殺人事件の容疑者にされてしまう。アリスとは心の距離が離れている母親のキャサリンとキャサリンの離婚した夫でアリスの父親でもあるドミニクとの複雑な三人の関係がどう問題の解決に向かってゆくのかが肝となっている。そして無差別に殺人を繰り返す黄色いレインコートの殺人鬼の正体と動機とは?ショッキングシーンが少なめの1970年代に誕生した宗教問題と家庭環境が引き起こす異質なスラッシャー映画『アリス・スウィート・アリス』。『ハロウィン』や『悪魔のいけにえ』のような動機なき殺人とは違った感覚を楽しんでもらえたら嬉しい。